« 2025年1月 | トップページ | 2025年3月 »

2025.02.16

別れた後も彼に会ってしまって。期待しちゃいけないって思いながら会って、やっぱり傷ついて。

__20250216014201   

心に別れの深い傷があって、でも新しい恋をしたいと思っている。
でも、でも、別れた彼への想いが消せない。
そんなKさんからコメントをもらいました。

     
私は、お互い違う人間なんだから、
価値観が違っても、彼と歩んでいくつもりだったけれど、
彼はダメだった。受け入れてもらえなかった。
受け入れてもらいたかったけれど。

 
Kさんからもらったコメント、切なかった。
 
でも、心にぐっときた。
    
そして、読んでいて、失った恋について考えた。
自分の終わった恋を、思い返した。

     
彼に会いたい。
でも、私の会いたい彼ではないかもしれない。
私の会いたい彼でなくても、彼に会いたい。
でも、彼に会って、また現実を突きつけられて、傷ついて…。

  

この気持ち、
まるで自分の気持ちのような気がしてしまった。

   
私は、別れた後も、別れた彼に会ってしまって、
期待しちゃいけないって思いながら会って、
やっぱり傷ついて。
そんな時期があった。

   
別れた後は、
自分の望む状況にはなれないふたりって、
覚悟して会ったはずなのに…。

   
自分で自分を追い込む恋だったな。
  

Kさんのコメントを読んで、その恋を思い出した。
 
   
自分で自分の首を絞めるようなことをしてはダメよ!と言う自分と、
それでも彼が好きなんでしょう?と言う自分がいる。
どっちが本当の自分なんだろう。
 

どっちも本当の自分の気持ちなのかもしれない。
      

そっちに行ってはだめだって分かっている自分もいるし、
そんなこと分かっているのに、
それなのに、どうしても彼が好きっていう自分もいる。

   
だから、別れって苦しいんだろうな。
だから、気持ちを残して終わった恋は、
つらいんだと思う。   
 

好きだという気持ちが、報われない。
こんなにも大きな気持ちなのに、報われない。

 
    
そう。
「好き」の気持ちの大きさや、相手を想う気持ちと、
その恋が叶う可能性は比例してくれないことがある。

 
恋には、
努力とか、がんばりなんて、
全然関係ない時がある。

   
切ない。
Kさん、切ないね。

     
幸せになりたい。
だったら、彼との思い出に縛られていてはダメ。
新しい出会いに期待したい。

   
分かってる。
分かってるの。ちゃんと自分で分かってる。
でも…。

 
彼がいとおしくて、
そして、
とても怖い。

  

人を好きになるって、
どうしてこんなに難しくなってしまう時があるんだろうって
思う時がある。

    
終わりにしたいって思っていても、
終わりになったって分かっていても、
立ち止まってしまう気持ちは、
自分でもどうしようもなくて、
どう前に進んでいいのか分からなくて。

      
季節が変わっていくのを、
見ていることしかできない時があると思う。

    
時間が過ぎてくれるのを、
ただただ待つことしかできない時が、あると思う。

   
そういう時が、人生の中にはあると思う。

| | コメント (0)

2025.02.09

音楽も聴けない。本も読みたくない。ただただ絶望に沈んでいたい。

Photo_20250209231601

落ち込んでいる時って、音楽に心を救われる時ってある。
元気になれる時がある。
でも、絶望のどん底にいた時、歌も、何も、心に届かない事が、あった。

 
元気がなかったり、何かうまくいかなかったり、
つらいコトがあった時、
音楽に救われることって、私は結構ある。

 
ある時、ある歌を聴いて、
心が救われたことは多い。

 
今も、部屋ではほとんどFMをかけっぱなしにしているし、
電車での長い移動の時は、音楽を聴いているし。

 
でも、その音楽にさえ、心が響かない時期があった。

   
好きだった人に、信じていた人に、
別れを告げられた時。

  
もう自分がどうしていいのか、考えられなくて、
未来への道も全然見えなくて、
人生に絶望してしまっていた。

  
もう前に進む力もないし。

  
人生が、どこまでも沈んでいくような、
どうやって生きていっていいのか分からなくなっていた時期。

  
多分、あれが悲しみの底っていうのかもしれない。

  
その時、
全く音楽を聴けなかった。

 
聴けなかったっていうか、
聴こうっていう気が起きなかった。

  
もう、音も何もない世界で、
じっとしていたいって思って生きてた。

 
音楽だけじゃなくて、
本も読めなかったし。

  
もう絶望の淵みたいな所にいる時って、
そういう風になってしまうことが、
あるのかもしれないって思う。

  
ずっとじゃないんだけどね。
ある一瞬の時期なんだと思うんだけどね。

  
しばらくすると、
心が音楽とか、本とかを欲してくるし。

  
そうなると、今度は、
水をごくごく飲むように、
音楽を聴き続けたり、
本をずっと読み続けたり。

  
私は、そんな感じの時がありました。

   
  
音楽にも心が救われなかったあの時は、
沼の底にいるような記憶。

 
光が届かない、沼の底で、じっとしてるだけの日々。

 
遠くの上の方から、光が射してくるまで、
じっとしているしかなかった。

    
その悲しみの沼の底は、とても静かだった。

  
今でも、心の一部は、
その底に残っているような気がします。

| | コメント (0)

2025.02.02

嫌われたらどうしようって、いつもいつも怖かった。びくびくしてた

Photo_20250202160301  


私、怖がりながら、びくびくしながら、人を好きになっていたことがある。
あの時、すごく苦しかった。
いつも心の中に不安があった。
でも、好きだった。それが恋だと思っていた。


その人のこと、好きだった。
でも、その人がイヤな気持ちになることを言ったら、
嫌われるんじゃないかって、
何かひと言を言うのも、怖かった。

   
嫌われたらどうしようって、
いつもいつも、怖かった。

    
この恋を手放してしまったら、
もう次はないんじゃないかって、
怖かった。

    
だから、いろんな事をがまんしていたような気がする。

       
本当は言いたいことも、
本当は甘えたいことも、
文句を言いたいことも、
助けてほしいことも、
ほっといてほしいことも、
みんなみんな言えないでいた。

     
言わなくても、
その人の事が、「好き」だから平気なはずだって、
思い込もうとしていた。

     
自分の行動への、言葉への、
彼の反応にいつもびくびくしていたの。

    
まわりからは、そんながまんしている恋は、
やめた方がいいって言われたけど、
やめることはできなかった。

      
その人がいなくなることが、
すごくすごく怖かったから。

     
  
今、思えば、なんであんなに怖がっていたんだろうって思えるけど…。

      
  
恋の渦の中にいると、
自分の心を見失ってしまうこと、あるよね。

     
私は、見失っていた。

    
自分にとって何が大切なのか、
そんな事さえ、分からないようになっていた。

    
でも、結局、そんなつらい心での恋は続かなくて。

    
最後は、
半分、自分からその恋を降りたような感じになって。

       
やっぱり、どんなに好きでも、
びくびくしながらの「好き」は、本当の恋じゃないと思う。

    
本当の自分の気持ちを言えないほどの「好き」は、
自分も、そして相手も縛ってしまうと思う。

 
それは、いい恋とは言えないような気がする。
それは、本当の恋じゃないような気がする。

      
あの頃の私のところに行って、そう言ってあげたい。

     
その恋を手放した方が、未来が開けるよって、
自由になって、新しい恋ができるから、大丈夫だよって、
言ってあげたいな。

| | コメント (0)

« 2025年1月 | トップページ | 2025年3月 »