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2008.03.24

■音楽に救われる時がある。音楽にも救われない時がある。

落ち込んでいる時って、音楽に心を救われる時ってある。元気になれる時がある。でも、絶望のどん底にいた時、歌も、何も、心に届かない事が、あった。

   
Photo今日のblogの順位は?ココです。 今日も読んでくださってありがとうです。

 
     
元気がなかったり、何かうまくいかなかったり、
つらいコトがあった時、
音楽に救われることって、私は結構ある。

 
ある時、ある歌を聴いて、
心が救われたことは多い。

 
今も、部屋ではほとんどFMをかけっぱなしにしているし、
電車での長い移動の時は、音楽を聴いているし。

 
でも、その音楽にさえ、心が響かない時期があった。

  
  
好きだった人に、信じていた人に、
別れを告げられた時。

  
もう自分がどうしていいのか、考えられなくて、
未来への道も全然見えなくて、
人生に絶望してしまっていた。

  
もう前に進む力もないし。

  
人生が、どこまでも沈んでいくような、
どうやって生きていっていいのか分からなくなっていた時期。

  
多分、あれが悲しみの底っていうのかもしれない。

  
その時、
全く音楽を聴けなかった。

 
聴けなかったっていうか、
聴こうっていう気が起きなかった。

  
もう、音も何もない世界で、
じっとしていたいって思って生きてた。

 
音楽だけじゃなくて、
本も読めなかったし。

  
もう絶望の淵みたいな所にいる時って、
そういう風になってしまうことが、
あるのかもしれないって思う。

  
ずっとじゃないんだけどね。
ある一瞬の時期なんだと思うんだけどね。

  
しばらくすると、
心が音楽とか、本とかを欲してくるし。

  
そうなると、今度は、
水をごくごく飲むように、
音楽を聴き続けたり、
本をずっと読み続けたり。

  
私は、そんな感じの時がありました。

   
  
音楽にも心が救われなかったあの時は、
沼の底にいるような記憶です。

 
光が届かない、沼の底で、じっとしてるだけの日々。

 
遠くの上の方から、光が射してくるまで、
じっとしているしかなかった。

 
   
その悲しみの沼の底は、とても静かでした。

  
今でも、心の一部は、
その底に残っているような気がします。
   

       
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コメント

スギッチさんへ
コメントありがとうございました。
 
このコメントへのお返事は、
ブログの本文の方で書かさせていただきたいと思います。
 
もう少し待っていてください。

投稿: まりこ→スギッチさん | 2008.07.15 午後 03時11分

まりこさんこんにちは。
この記事と同じ状況、私も一年三ヶ月前に味わいました。
あの絶望のふち、闇のどん底はもぅ二度と経験したくないと思ってます。思ってますが、人は何度も繰り返してしまうものでしょうか??
まりこさんの場合、絶望のふち、闇のどん底にいったのは一度きりですか?それとも何回かありますか?

最近、知り合いを通じて友達を紹介してもらったのですが、この人ぃぃかもと思ったのですが、あの絶望のふちを経験したせいか、どうしても自分から前に出ていくことができなく結局、なにも聞き出せないまま帰ってきました。臆病になってしまったのか、恋の駆け引きよくわからなくなってしまいました。

投稿: スギッチ | 2008.06.08 午後 01時31分

月のひかりさんへ
>その後、少し時間が経ってからは音や歌詞に救いを求めました。
 浴びるほど音に浸って傷を癒しました。
 
こういう時期、ありますよね。

反動ではないけど、
音楽が全く聞けなかったり、本が読めない時期と、
音楽や本を浴びるような時期が、あるように思います。
私はそうだったなあ。
   
>そしてずっと引きずっていた想いを断ち切ろうと
 真剣に思えるようになった今は「音楽絶ち」をしています。
 失恋ソングに自分を重ねることはもう終わり(笑)。
 
「聞けない」んじゃなくて、自ら「聞かない」んですね。
音楽断ちかあ。
こういう前に進む方法もあるんですね。
 
>新たな一歩を踏み出すために文章に囲まれている毎日です。
 
文章って、読んでいると、その書いてある言葉が、自分の心の声になって、
胸に響いくるような瞬間ってありませんか?
 
私はそうだったな。
 
コメントありがとうございます。
 
お返事遅くなってごめんなさい。

投稿: まりこ→月のひかりさん | 2008.05.26 午後 03時29分

とろさん
絶望の淵にも立ったけれど、

>遠くに感じていた彼と私は、背を向けつつも 手の届く所に居たんですね。
 彼が背を向けても 私は彼の背を見つめられるよう、正面を向いたままで居たいです。
 
という場所にたどりついたんですね。
 
恋にはいろんなカタチがあるから、
ふたりの距離とか気持ちとかは、ふたりにしか分からないですよね。
 
自分の心がのびのびしていられる場所が、ふたりの恋の場所なんだと思います。

投稿: まりこ→とろさん | 2008.05.26 午後 03時22分

nanakoさん
>まりこさんのブログを読んでいると、たまに私が書いてるの!?と思うほど心にぴったりくるときがあります。
 
うわあ。何か気持ちがシンクロしているんですかね。
 
いつもブログを読んでくださってありがとうです。

このコメントへのお返事は、ブログの本文の方に書きたいと思いますので、
もう少し待っていてください。
 
返事、遅くなってしまいすみません

投稿: まりこ→nanakoさん | 2008.05.24 午後 08時07分

はっぱさん
>辛いことを癒すための行動も、何もできない。
 
そう、何もできないんですよね。
何に自分が癒されるのかも、分からなくなるし。
 
でも、何がキッカケかは分からないけど、
ある日、何でもない気持ちで音楽を聴ける日が来るんですよね。
 
>でも今は音楽を聴いたり、自分が楽しいと思うことを
することはできます。
 辛い中でも、少しは変わってきてるって事かなぁって
思います
  
そう!
きっと、はっぱさんの中で何かが変わりそうになっているのかも。
 
気持ちは行ったり来たりしちゃうと思うけど、
少しずつ、何かが変わってきてるんだと思います。

投稿: まりこ→はっぱさん | 2008.05.23 午後 08時11分

私も大好きな人に振り向いてもらえなくなった直後は、
音楽も文章も受け入れられませんでした。
 
その後、少し時間が経ってからは音や歌詞に救いを求めました。
浴びるほど音に浸って傷を癒しました。
 
そしてずっと引きずっていた想いを断ち切ろうと
真剣に思えるようになった今は「音楽絶ち」をしています。
失恋ソングに自分を重ねることはもう終わり(笑)。
 
新たな一歩を踏み出すために文章に囲まれている毎日です。

投稿: 月のひかり | 2008.03.25 午前 08時57分

絶望の淵。。
何度か 立ちました。
自分から 跳び込んでしまおうと思ったことも在りました。
その方が 楽になれるし、彼も荷が軽くなるだろうと思ったから。
そう思って、手を振り、反動をつけたその手を 彼は後ろから手を繋いできました。
いつもと何一つ変わらない 彼が居ました。

彼も絶望の中に居たけど、彼は一人蹲る人です。
立ち上がり、周囲を見渡し、私が跳び込もうとしてる所に手を差し伸べただけ。
救う意識なんて無かった と。
ただ 手を伸ばしただけだった と。

遠くに感じていた彼と私は、背を向けつつも 手の届く所に居たんですね。
彼が背を向けても 私は彼の背を見つめられるよう、正面を向いたままで居たいです。

投稿: とろ | 2008.03.24 午後 02時38分

まりこさん、こんにちは。
まりこさんのブログを読んでいると、たまに私が書いてるの!?と思うほど心にぴったりくるときがあります。
私も本当にそうでした。音楽聴けなくて、恋愛ドラマ観れなくて。そして少ししてから、音楽聴きまくって…。
最初は一緒に涙する曲。それからちょっと励まされる曲。
今はいろんな曲が混ざってるな。その日の気分によって変わるけど、今はまだどうしても聴くことができない曲があって…あの頃彼からの着メロにしていた曲。ドリカムのあの曲。音楽を聴いていてその曲の順番になれば急いでとばしてしまう。あの気持ちを、今はまだ思い出したくなくて。思い出すことから逃げていて…。
恋愛ドラマも観れない。で、恋愛物以外を観ているのに、登場人物の性格や言動が、ふとした拍子に彼や自分と重なって、このひと彼に似てるな…なんて。だからやっぱりドラマも避けてるかな。
いつかあの歌を、懐かしい気持ちで聴きたいな。
まだまだ無理そうだけど、いつか聴けたらいいな。
今はまた、戻りたがる自分の心を必死でなだめてざわめくのを未然に防ごうとしている感じ。音楽を聴くといろんな歌詞が心のあちこちの隙間にひっかかって、心が痛い痛いと騒ぎ出すから。だから、今はまた音楽のない世界に逆戻り。
まりこさんの言われる、その静かな沼のそこにいるのかな。

投稿: nanako | 2008.03.24 午後 01時15分

ありました。
どんなに好きな音楽も、響かない。
ほんとに何もする気が怒らず、泣き疲れて、
でもまた思い出したように泣くことしかできない。
辛いことを癒すための行動も、何もできない。

そうだ、その感覚。って、喉が詰まった感じになりました。
でも今は音楽を聴いたり、自分が楽しいと思うことを
することはできます。
辛い中でも、少しは変わってきてるって事かなぁって
思います。

投稿: はっぱ | 2008.03.24 午前 11時36分

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